介護

介護事業所様向け情報(労務)11月号①

育児短時間勤務を運用する際のポイント

育児・介護休業法では、3歳未満の子どもを育てる従業員が希望したときは、1日の所定労働時間を原則として6時間に短縮することを企業に義務付けています(育児短時間勤務)。育児休業から復帰した後にこの制度の利用を希望する従業員は多く、また、制度を使いやすいものにして欲しいという要望も多く寄せられることから、以下では制度のポイントを確認しておきます。

1.対象となる労働者

育児短時間勤務は、3歳未満の子どもを育てる従業員が対象となる制度ですが、そもそも1日の所定労働時間が6時間以下の従業員は制度の対象外となっており、労使協定を締結することで、入社1年未満の従業員や、業務の性質や実施体制により制度の対象とすることが難しい従業員は、制度の対象から除外することができます。なお、制度の対象から除外した業務の性質や実施体制により制度の対象とすることが難しい従業員については、育児短時間勤務の代わりとなる制度の導入が義務付けられます。
厚生労働省の「平成30年度雇用均等基本調査」から、育児短時間勤務制度の最長可能期間を企業ごとに見ると、3歳未満が25.6%、小学校就学の始期に達するまでが19.1%で上位2つになっています。子どもの保育所の送迎などに時間を要することもあり、法令を超えた子どもの年令まで制度の対象とする企業も一定数あることがわかります。

2.労働時間数の選択

育児短時間勤務では、1日の所定労働時間を6時間とすることが求められますが、通常の1日の所定労働時間が7時間45分である企業もあることから、1日の所定労働時間が5時間45分から6時間までであれば、6時間に短縮していることと認められます。

なお、従業員から1日の所定労働時間を5時間や7時間にしたいという要望が聞かれますが、法令では6時間に短縮することを求めており、それ以外の選択をできるようにすることまでを求めてはいません。1日の所定労働時間を6時間とできるようにしつつ、所定労働時間数を選択できるようにしたり、隔日勤務のように所定労働日数を短縮する制度を選択できるようにすることも可能です。企業の状況によって導入を検討してもよいでしょう。

3.始業・終業時刻の選択

保育所に子どもを預けながら働く場合、保育所の開所時間によって従業員が働くことのできる時間が左右されることもあります。そのため、1日の所定労働時間を6時間に短縮しつつ、短縮後の始業・終業時刻を選択することを希望する従業員がいます。法令では始業・終業時刻を選択できるようにすることまでを求めていないため、始業・終業時刻については企業の状況に応じて決めることができます。

育児短時間勤務の制度内容を柔軟にすることで、育児をする従業員にとっては働きやすい環境になりますが、その反面、周囲の従業員に過度の負荷が掛かることもあります。従業員の要望により法令を上回る制度とするときには、従業員全体のバランスも考慮にいれておきたいものです。

(次号に続く)

社会保険労務士法人
ヒューマンスキルコンサルティング
林正人

【介護・保育】人材定着ブログ11月号~介護・保育 「福祉事業に必要なキャリアパスとは②」

介護・保育】人材定着ブログ11月号~介護・保育 「福祉事業に必要なキャリアパスとは①」の続きです。

5、キャリアパス制度に関する介護事業者の実際

それでは、介護事業所のキャリアパスの整備状況はどのようになっているのでしょうか。もちろん、事業所の規模、サービスの内容によって状況は異なっているものの、概して、多くの課題を抱えている状態といっても過言ではないでしょう。

  • 人事評価を行っていない。または、行っているが、給与、賞与に反映されていない。
  • 資格等級を導入しても、各等級の職能や能力要件が明記されていない。
  • 給与水準と職能、職責が連動していない。

上記のように、未だに整備されていない事業所であったり、制度はあっても運用されていなかったり、キャリアパス全体としてうまく機能していない事業所がまだまだ多い、というのが私の実感です。

6、キャリアパスに関する3つの質問

ここで、介護事業所の経営者の方からキャリアパスに関して、よく聞かれる質問をご紹介します。

  • 「キャリアパス制度」って採用や定着に効果があるの?

職員の採用という点では、就職にあたって自分の将来がイメージできるというのは、求職者がここで働きたい、働き続けたいと感じる為の要因として、大きなウェイトをもっています。また、就職してからは、将来の事というより、当面の事、例えば新入職員からしてみれば、職場にはどのような仕事があるのか、自分はどこまで求められているのか、全くわかりません。確かに、当面やらなければならない仕事のやり方は次々に教わるけれど、すぐにそれを完全にできるわけでもなく、とりあえずどこまでできればいいのかもわからない、こういう状態では、全くモチベーションが上がらない、働きづらい状況に他なりません。

以上のようなことにならないために「キャリアパス制度」が存在します。この制度をつかうことによって、まず自分に求められる仕事の範囲が示され、その為に必要な能力も示されますので、当面の努力の方向性が定まります。しかもその能力が体系的に身につくよう、仕事を教わり、研修も受けられます。そして評価によって業務が習得したと認められ、自分自身の成長の実感につながります。

 結果として、「ひとつ上のマスにあがった」ということになれば、就職時に描いたイメージがいよいよ現実なものになりますし、この積み重ねは確実に定着に繋がります。

 

一般社員口コミサイトのVorkersの調査によれば、平成生まれの社員の退職理由トップは、「キャリア成長が望めない」ということでした。このことからも、これからの世代は、自らのキャリアを高めることに大きな関心を持っていることがわかります。つまり、「キャリアパス制度」は、今後益々、職員の採用や人材定着に直結していく重要な制度ということになっていくでしょう。

                  

  • 小規模事業所でもキャリアパスを作ることができるの?

もちろん、小規模事業所でも導入することができますし、導入している成功事例はたくさんあります。例えば、パートさんやヘルパーさんを含めて10人規模の訪問介護事業所や、通所介護(デイサービス)事業所でも十分にキャリアパスは構築できます。規模が小さい事業所は職責や組織のポジションが少なく、また給与財源が限られているという理由で、キャリアパスを作っても、「昇進」「昇格」ができないとお考えの事業所は多いようです。ただ、社内のポジションで考えてみると、資格等級制度における「昇進」と「昇格」は異なります。「昇進」は確かにポジションが空かなければ上に進むことはできませんが、「昇格」は等級要件がクリアできれば全員昇格するのが、キャリアパスにおける資格等級制度の考え方です。例えば、取得した資格のレベル、勤続年数、人事評価などで、各等級の要件をあらかじめ定め、その昇格要件を決め、給与や時給に連動させれば、立派なキャリアパスです。昇給財源については、前述の処遇改善加算金を、財源に充当させることも十分可能ですし、むしろ国もそれを奨励しています。従業員教育に時間をかけられない小規模事業所だからこそ、その制度により従業員の自発的な働きや能力を高め人材定着に大きな効果を得られるでしょう。

  • 「キャリア段位制度」とキャリアパスの関係は?

国が導入を推奨している制度に「キャリア段位制度」という制度があります。これは、これは、成長分野における新しい職業能力を評価する仕組みであり、企業や事務所ごとにバラバラでない共通のものさしをつくり、これに基づいて人材育成を目指す制度です。現場での技能だけでなく、資格取得や研修受講の座学もレベル認定の要件にしています。

実はこの制度は介護職のキャリアアップ制度と多くの部分で重複しています。この制度のレベル認定項目は、介護職の事業所内評価にも十分活用できる内容なので、自法人のキャリアパス制度の人事評価項目(職能評価項目)で積極的に活用されることをお勧めいたします。

 

次号からは、資格等級制度から、順次キャリアパスを構成する各制度について、具体的にお伝えしていきます。

以上

介護事業所様向け情報(経営)10月号③

福祉施設でみられる人事労務Q&A
『多く支払い過ぎた給与の返還を求めることは可能か』

Q:

先日、ある職員に支払っていた家族手当が、施設の確認ミスにより2 年にわたって多く支払い過ぎであったことが判明しました。過払い分の返還を求めたいのですが問題ないでしょうか。また、返還を求めるに際し、返還額が多額となることからトラブルにつながるのは避けたいと考えています。どのように対応したらよいのでしょうか?

A:

誤って支払い過ぎとなっている給与について返還を求めることは民法の規定により可能です。しかし、返還額が多額になるような場合には職員に負担を強いることにもなるため、返還を求める前に返還額の減額や分割での返還を認めるなど、無理のない返還方法について検討しておくことが望まれます。

詳細解説:

給与計算においてはミスのない確実な支払が求められますが、現実的にはミスが起きやすいポイントが複数存在します。今回のケースのような家族手当をはじめとする諸手当の変更は、その一つに挙げられるでしょう。

こうした不当に多く支払い過ぎた給与の取り扱いについては、民法第703 条に「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う」と規定されています。つまり、職員が不当に利益を得て、その一方で施設が損をしている(不当利得)とき、職員は施設に対してその相当分について返還義務があるとされており、その義務は原則10 年間消滅しないと定められています。

家族手当の誤支給が発生してしまう要因には、職員の連絡忘れなどの施設に責任がない場合もありますが、申し出のルールがはっきりしておらず、結果的に施設が管理しなければならない状態であることが多くみられます。このような状況で誤った支給をすると、施設に落ち度があるため、職員に過支給していた期間の全額を返還するように求めづらい状況になることが通常です。返還するように求められた職員も必ずしも快く応じるとは言い難く、場合によってはそうしたことを理由に不信感を募らせ、退職を決意する可能性も否定できません。そのため、施設はミスを認め、すべての期間ではなく例えば1 年間のみとするなど、減額措置を検討することもあるでしょう。

また、多額の返還を一括で求めることは職員に大きな負担となり、生活に支障をきたす可能性があるため、分割により複数月にわたって返還するなど、その返還方法については職員と相談して決めることが望まれます。

また、同じようなミスが再度発生しないようにあわせて検討することも重要です。例えば、その年度に満18 歳に到達する扶養親族がいる職員とそのタイミングをリスト化し、必要なタイミングで職員に書面等で申し出てもらうなどの、仕組みの導入が考えられます。

(来月に続く)

【介護・保育】人材定着ブログ11月号~介護・保育 「福祉事業に必要なキャリアパスとは①」

1、はじめに

皆さん、こんにちは。

今月号から福祉事業所の資格等級制度・評価制度・賃金制度といった制度(これらの制度の総称をキャリアパス制度といいます)や職員の定着率に繋がる職場の環境改善といったテーマについて、毎回の連載でお伝えしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

2、法人がキャリアパス制度を整備することによるメリット

法人がキャリアパス制度を整備するメリットは、どのようなものがあるのでしょうか。以下のようなことが考えられます。

  • 公正な人事処遇(昇格・昇給)が可能になる
  • 職員自身の人事処遇に対する納得感が高まる
  • 法人への信頼感が高まり、帰属意識が高まる
  • 仕事に集中する環境ができ、達成感やモチベーションにつながる
  • 採用時にキャリアパスを説明することにより、信頼できる法人であることをアピールできる
  • 人材不足の時代に求人活動がしやすくなり、人材確保につながる

私が介護業界の各事業所にキャリアパスの支援を始めてから7年になりますが、キャリアパスを整備し、きちっと運用している法人では、上記の効果が発揮されていることを実感いたします。ただ、もちろんメリットばかりではなく、デメリット(課題)もあります。例えば、整備を進めるには、決して少なくない業務工数や人的なパワーがかかります。整備後に、いざ運用となっても、このような制度に不慣れな介護現場では、抵抗感を持つ職員が多いのも現実です。運用の仕方を誤ると、かえって職場の混乱を招くこともあります。多くの事業所では、キャリアパス制度の整備から運用まで約3年から5年程度の時間をかけながら、少しずつ組織への定着を図っているのが現状です。

3、キャリアパス制度とは

そもそもキャリアパス制度とは、どのような制度なのでしょうか。言葉の意味としては「職員のキャリア形成に関する道筋」などと訳されますが、具体的にはどのような制度のことなのか、ご説明いたします。

まずは、制度の構成と全体像を見ていきましょう。

ご覧の通り、資格等級制度を中心にして、人事評価制度・賃金制度・教育研修制度が、それに連動して整備された制度と言うことが分ります。

そこで、各制度とその目的を整理すると以下のようになります。

制度 目的
資格等級制度 役割(役職)と業務によって規定される「マス目」毎に求められる要件を明らかにする
人事評価制度 求める水準とその評価基準を明確にし、達成度を判定する
教育研修制度 仕事に必要な知識や技術・能力を身につけさせ、磨く
昇格制度、任用制度 評価の結果を踏まえワンランク上にあげる条件や基準を定める
賃金制度 役割(役職)と業務によって規定される「マス目」に応じた賃金水準を定める

すなわちキャリアパスとは、「介護職員についてどのようなポスト・仕事があり、そのポスト・仕事に就くために、どのような仕事能力、資格、経験が必要になるかを定め、それに応じた給与水準を定めること」ということになります。1人1人の職員は「自分がどこのマス目(資格等級)に属しているのか」や「そこでは何が求められるのか」を意識して仕事に取り組むことになることで、仕事のプロセスや成果、職員の能力が「該当するクラスの要求レベルを満たしているかどうか」が確認出来るようになります。また、ワンランク上のマスに進むために何が足りないのか明確になることで目標が出来、達成するために必要な研修等を受講し、スキルアップに努めるようになります。昇格すれば、それまでよりも重い職責、難しい職務内容を担うことになり、能力もより高いものが求められますが、その分、給与水準も高くなります。職員はあらたなステージで求められる水準を意識しながら仕事に取り組むようになります。

4、キャリアパス制度と介護職員処遇改善加算

ご承知のとおり、2017年の介護保険法改正で「介護職員処遇改善加算Ⅰの取得要件」に「キャリアパス要件」が具体的に明示されました。

  • 介護職員の職位、職責又は職務内容等に応じた任用要件と賃金体系を整備すること
  • 資質向上の為の計画を策定して研修の実施または研修の機会を確保すること
  • 経験もしくは資格など応じて昇給する仕組み又は一定の基準に基づき定期に昇給を判定する仕組みを設けること

この法改正を契機に、キャリアパス制度に関する必要性が本格的に広まることになり、制度整備の気運が一気に高まりを見せ始めました。

次回は「キャリアパス制度に関する介護事業者の実際」からお伝えしたいと思います。

以上

介護事業所様向け情報(経営)10月号②

福祉施設等における特別休暇制度の現状

労働時間や休日・休暇など賃金以外の労働条件は、職員の定着や採用に影響を与えます。ここでは今年6 月に発表された資料※から、福祉施設等における特別休暇制度の現状をみていきます。

種類別にみる特別休暇制度の有無

上記調査結果から、福祉施設等(以下、医療,福祉)における特別休暇制度の有無割合などをまとめると、表1 のとおりです。

特別休暇制度が有るとした割合は62.0%で、調査産業計よりも高くなりました。

特別休暇の種類では、医療,福祉は夏季休暇制度の有る割合が40.6%で最も高く、次いで病気休暇が30.9%となりました。調査産業計と比べると、医療,福祉は病気休暇制度の有る割合が高いことがわかります。

特別休暇中の賃金の支払い

次に医療,福祉における、特別休暇制度が有る企業を100 とした場合の特別休暇中の賃金の支給割合をまとめると、表2 のとおりです。

賃金の支給状況をみると、ボランティア休暇と病気休暇以外は、有給で全額支給する企業の割合が90%を超えました。病気休暇は、無給とする割合が40%を超えました。

特別休暇の利用状況

医療,福祉における特別休暇の利用の有無をまとめると、表3 のとおりです。夏季休暇は制度の有る企業すべてで利用有りとなりました。

特別休暇制度を設ける場合は、自施設に必要だと思われる休暇を導入するのはもちろん、職員に利用してもらうことが重要です。利用が増えれば職員の満足度が高まり、定着率の向上にも寄与する可能性があります。

※厚生労働省「平成30 年就労条件総合調査」
常用労働者30 人以上を雇用する民営企業(医療法人、社会福祉法人、各種協同組合等の会社組織以外の法人を含む)から、産業、企業規模別に層化して無作為に抽出した企業を対象とした調査です。「特別休暇」とは、週休日や法定休暇(年次有給休暇、産前・産後休暇、育児休業、介護休業、子の看護のための休暇等)以外に付与される休暇で、就業規則等で制度として認めている休暇です。ここでの結果は2017年度(または2016 会計年度)の結果です。詳細は次のURL のページからご確認ください。
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450099&tstat=000001014004&cycle=0&tclass1=000001122175&tclass2=000001130885

(次号に続く)

介護事業所様向け情報(経営)10月号①

休息時間を設けて受けられる助成金

働き方改革の一環として、勤務間インターバルの導入が事業主の努力義務となりました。勤務間インターバルとは、勤務終了から次の勤務までの間に、一定時間の「休息時間」を設ける制度。導入には助成金が活用できます。

導入には助成金が活用できます

この制度の導入に取り組む中小企業事業主は、時間外労働等改善助成金(勤務間インターバル導入コース)が受給できます。受給額は最大100 万円。申請の受付は、令和元年11 月15日までです(それ以前に予算額に達した場合には、募集が締め切られます。ご注意ください)。
この助成金でいう「勤務間インターバル」は、休息時間数を問わず、就業規則等において「就業から次の始業までの休息時間を確保するこ
とを定めているもの」です。

  • 例えば、就業規則等において、「○時以降の残業は禁⽌、かつ、○時以前の始業を禁⽌」「所定外労働を⾏わない」等の定めによって、終業から次の始業までの休息時間が確保されている場合、「勤務間インターバルを導⼊している」とみなされます。
  • 「○時以降の残業を禁⽌」もしくは「○時以前の始業を禁⽌」のように、いずれか⼀⽅のみを定めている場合は、導⼊しているとはみなされません。

助成金の対象となる事業主

福祉施設のようなサービス業においては、資本または出資額が5,000 万円以下、もしくは常時使用する労働者が100 人以下の場合で、次のいずれかに該当する事業場を有する場合に、助成の対象となります。

  1.  勤務間インターバルを導⼊していない
  2.  既に休息時間数が9 時間以上の勤務間インターバルを導⼊しているが、対象労働者がその事業場の労働者の半数以下
  3.  既に休息時間数が9 時間未満の勤務間インターバルを導⼊している

福祉施設における活用例としては…

作業効率の向上やスタッフの負担軽減のための投資が対象です。例えば、次の場合に活用ができます。

(次号に続く)

介護事業所様向け情報(労務)10月号④

労災保険が適用されるか判断に迷いやすい具体的事例

従業員が業務上でケガをしたり、疾病にかかったとき、通勤途上でケガをしたとき等には、原則として、労災保険から給付を受けることができます。給付を受けるときには、負傷したときの状況を各書類に記載して請求しますが、その際、労災保険の給付対象となる災害か否かの判断に迷う事例が発生することがあります。今回は、そうした事例をとり上げ、労災保険の適用について確認しましょう。

1.業務災害と通勤災害の考え方

労災保険では原因や事由が、仕事によるものである場合に「業務災害」、通勤によるものである場合に「通勤災害」として取扱われます。
給付対象となるかの判断は、業務災害の場合は従業員が会社の支配下にあるか(業務遂行性)と、業務とケガ等との間に一定の因果関係があるか(業務起因性)により行われ、通勤災害の場合は、就業に関して合理的な経路および方法として一定基準を満たした通勤であるかにより行われます。

2.判断に迷いやすい具体的事例

①従業員同士のけんか

けんかによりケガをしたときは、その原因がプライベートによるものか、仕事上の意見の食い違いによるものかにより業務災害と判断されるかが異なります。
例えばプライベートのことが原因によるけんかであれば、業務遂行性・業務起因性がともにないため、たとえ社内でけんかが起きたとしても、業務災害として認められません。

②運動会(社内行事)でのケガ

近年、社内のコミュニケーションを活発化させるために、運動会など従業員間の交流を図る取組みをするところが増えています。このような運動会に参加している際にケガをした場合は、従業員間の交流を図るために自由参加で開催されているものであれば、業務遂行性の要件を満たさないことから、業務災害とは判断されません。こうした行事の中でのケガについて労災の対象となるかは、行事の主催者、目的、内容、参加方法、運営方法、費用負担などから総合的に判断されます。

③早退して病院へ行った後のケガ

勤務中に体調が悪くなったため、早退して会社近くの病院で受診した後、帰宅することも日常的に想定される事例です。このような事例で、帰宅途中の駅でケガをしたことを想定すると、病院の受診は日常生活上必要な行為と判断され、受診後、通常用いると認められる通勤経路に戻ったところから、また通勤が始まることになっています。そのため、通常用いると認められる経路に復した後に、駅でケガをしたのであれば、通勤災害と判断されます。

2.の③の事例で、病院が会社の最寄り駅とは反対の方向にある場合は、通常用いると認められる経路を外れてから再び戻るまでの間はいわゆる「逸脱」となり、この間に発生したケガは通勤災害と認められません。そして、通常用いると認められる経路に戻った後に発生したケガのみが通勤災害と判断されます。このように状況によって取扱いが異なることを理解しておきましょう。

(来月に続く)

介護事業所様向け情報(労務)10月号③

労働基準監督署の監督指導で指摘を受けやすい事項

先日、厚生労働省より「監督指導による賃金不払残業の是正結果(平成30年度)」が公表されました。これは全国の労働基準監督署(以下、「労基署」という)が、賃金不払残業に関する労働者からの申告や各種情報に基づき、企業への監督指導を行った結果について公表したものです。調査により問題を指摘された企業は賃金不払残業を解消するための取組みを行うことが求め
られます。具体的な取組事例の一部が、是正結果とともに公表されているため、企業における実際の取組事例を見てみましょう。

1.賃金不払残業の状況

・割増賃金が月10時間までしか支払われないとの労働者からの情報を基に、労基署が立入調査を実施。

・会社は、自己申告(労働者による労働時間管理表への手書き)により労働時間を管理していたが、自己申告の時間外労働の実績は最大月10時間となっており、自己申告の記録とパソコンのログ記録や金庫の開閉記録とのかい離があり、賃金不払残業の疑いが認められたため、労働時間の実態調査を行うよう指導。

2.企業が実施した解消策

会社は、パソコンのログ記録や金庫の開閉記録などを基に労働時間の実態調査を行った上で、不払となっていた割増賃金を支払った。賃金不払残業の解消のために次の取組を実施した。

①支店長会議において、経営陣から各支店長に対し、労働時間管理に関する不適切な現状及びコンプライアンスの重要性を説明し、労働時間管理の重要性について認識を共有した。

②労働時間の適正管理を徹底するため、自己申告による労働時間管理を見直し、ICカードの客観的な記録による管理とした。

③ICカードにより終業時刻の記録を行った後に業務に従事していないかを確認するため、本店による抜き打ち監査を定期的に実施することとした。

これはあくまでも一事例に過ぎませんが、このように、労働時間の適正把握のために、ICカードなどの客観的な記録による管理を行うことが求められ、またICカード導入後についても、その記録が適正なものになっているか抜き打ち監査を行うなど、確認することが求められています。取組事例を参考に、監督指導を受けないように対策をしていきましょう。

労基署の調査では、労働時間に関するもののほか、管理監督者として取り扱っている従業員が労働基準法で認められた範囲であるかについて指導が行われるケースがあります。具体的には、労基署が職務内容、責任と権限、勤務態様、賃金の処遇等を確認した上で、企業に対して、管理監督者の範囲を見直し、適正ではない疑いがあるときは、必要な改善を図るよう指導が行われています。自社の取扱いを確認し、問題があれば改善しましょう。

(次号に続く)

介護事業所様向け情報(労務)10月号②

派遣先会社の立場で考える派遣労働者の同一労働同一賃金

このコーナーでは、人事労務管理で頻繁に問題になるポイントを、社労士とその顧問先の総務部長との会話形式で、分かりやすくお伝えします。

総務部長2020年4月から派遣労働者についても同一労働同一賃金が適用されると聞きました。当社でも派遣会社と契約を結び、労働者を派遣してもらっていますが、対応することがありますか。

社労士 派遣労働者の同一労働同一賃金は、派遣先会社および派遣元会社の企業規模に関わらず、2020年4月から適用となります。原則は「派遣先均等・均衡方式」として派遣先の通常の労働者との均等・均衡待遇を実現することが求められます。

総務部長「派遣先の通常の労働者」ということですので、当社の従業員と比較するということですか。

社労士 :はい。派遣先均等・均衡方式では、御社の比較対象となる通常の労働者(正社員等)と派遣労働者の待遇を比較します。そのため、賃金や賞与、退職金等の御社の従業員に対する待遇の情報を、派遣元会社に提供する必要があります。なお、この待遇には慶弔休暇等の福利厚生に関する事項も含まれます。

総務部長なるほど。かなり細かい内容まで派遣元の会社に伝える必要があるのですね。

社労士 :そうですね。派遣元会社は提供された情報に基づき、派遣労働者の待遇を個別に決定します。そのため、派遣労働者は派遣先が変わるたびに待遇が変わることになります。そのようなことを避けるためにも、例外として「労使協定方式」で行うことが認められています。これは一定の要件を満たす労使協定を派遣元会社の労使が締結することにより、その協定に沿った待遇とすることができるというものです。

総務部長労使協定方式にすると、賃金の取扱いはどうなるのですか。

社労士 :毎年度、厚生労働省から同種の業務に従事する一般労働者の平均的な賃金水準が公表されます。この賃金の額と同等以上の賃金額を派遣元の会社が支払うことで、派遣労働者の同一労働同一賃金が確保されていると判断されることになります。

総務部長なるほど。当社から待遇の情報を提供する必要がなくなるということですね。

社労士 :そうです。ただし、教育訓練と福利厚生施設(食堂・休憩室・更衣室)は、労使協定方式とする場合でも派遣先の通常の労働者との均等・均衡を確保することが求められるので、情報提供の必要があります。ご注意ください。

総務部長承知しました。ありがとうございました。

【ワンポイントアドバイス】
1. 派遣労働者の同一労働同一賃金の対応には、「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」がある。
2. 「派遣先均等・均衡方式」では派遣元に自社の従業員の待遇の情報を提供する義務がある。
3. 「労使協定方式」の場合でも教育訓練と福利厚生施設は、派遣先での均等・均衡が必要であり、派遣元に対して情報提供をしなければならない。

(次号に続く)

介護事業所様向け情報(労務)10月号①

今年も大幅な引き上げとなる最低賃金

1.最低賃金の種類と改定タイミング

賃金については、都道府県ごとにその最低額(最低賃金)が定められており、企業はその額以上の賃金を労働者に支払うことが義務付けられています。
この最低賃金には、都道府県ごとに定められた「地域別最低賃金」と、特定の産業に従事する労働者を対象に定められた「特定(産業別)最低賃金」の2種類があります。このうち「地域別最低賃金」は、毎年10月頃に改定されることになっており、2019年度についても全都道府県の地域別最低賃金の改定額が決定しました。

2.2019年度の地域別最低賃金と発効日

2019年度の地域別最低賃金と発効日は、下表の予定となっています。すべての都道府県で26円以上の引き上げとなり、中でも東京都と神奈川県はついに1,000円台に引き上げられました。
パートタイマー・アルバイト等の時給者の賃金が最低賃金を下回っていないかを確認するとともに、月給者についても1時間あたりの賃金額を算出し、確認するようにしましょう。

(次号に続く)

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