休めども 7割の目標遠く 有給休暇の取得率、58%に改善でも 職場改革、世界に遅れ
企業で働く人の有給休暇の取得率が高まっている。2021年は58.3%と3年連続で過去最高を更新した。19年の労働基準法改正で企業に対し、従業員の有給取得に関する義務が加わったことが後押しした。ただ義務内容を正確に理解していない企業も多く、21年の有給関係の法令違反件数は前年の2.8倍となった。25年までに有給取得率70%という政府目標を前に、企業が抱える課題は多い。
高い有給取得率は人材確保につながる(7月、横浜市のSCSKサービスウェア横浜センター)
「このままなら、正社員の今年度末の有給取得率は94.8%になる」。全国に約5500人の従業員を抱え、コールセンターなどを手がけるSCSKサービスウェア(東京・江東)。7月末、同社の幹部社員ら約100人が集まる連絡会で、秋庭洋一郎・労務部長が推定値を報告した。同社は社員の有給取得に力を入れ、毎月の連絡会で細かい数値を共有する。
秋庭部長は「13年度ごろまで取得率は約6割だったが、19年度80%、22年度に84.2%と改善した。社長からは100%取得を目指すよう指示されている」と話す。様々な顧客からの問い合わせに応じなければならないコールセンター業務はストレスを伴う。しっかり有給を取れる環境づくりは、社員のつなぎ留めや採用で効果が大きいという。
労働基準法39条は、企業などの使用者は、6カ月以上勤務した従業員に基本的に10日間の有給休暇を与えなければならないと定める。有給の日数は、勤続年数によって年20日まで増える。正社員だけでなく、パートタイマーにも勤務日数に応じて有給が与えられる。いつ有給を取るかは原則的に労働者の自由だが、「事業の正常な運営を妨げる」場合は、使用者がその時期(時季)を変更できる。
与えられた有給のうち実際に消化した割合を示す有給取得率は2000年から17年間にわたり5割を切っていたが、17年ごろから大幅に改善。21年は16年に比べ8.9ポイント上昇し、6割に迫る水準になった。取得率向上の大きな後押しになったとみられるのが、19年の労基法改正だ。
企業にも義務
働き方改革の一環の法改正で、企業は労働者に有給を与えるだけでなく、実際に取得させる義務も負うようになった。10日以上の有給の権利を持つ労働者に対しては、5日分の時期を指定し取得させねばならない。義務違反には、対象の労働者1人につき30万円以下の罰金が定められている。
当時法改正を担当した厚生労働省幹部は「過労死するほど追い詰められても休まない日本の実態を変えるため、法学者から異論は出たが労使ともこの形の義務化で合意した」と明かす。
「人的資本経営」を重視する動きも、企業が従業員の有給取得を促すことを後押ししている。
エスビー食品は、5月に策定した26年3月期までの中期経営計画で「有給取得率80%」を非財務目標のひとつに入れた。有給が子育て支援や社員の自己研さんなど人的資本充実に効果的とみるためだという。濱畠啓子・人事総務室長は「当社のミッションである『グローバル社会に対応した多様化の推進』に沿った目標設定だ」と話す。 同社は独自の取得促進策を進めてきた。19年には5日間の一斉取得で83%に達したこともある。21、22年度とも取得率は76%台で、80%は目前にある。
違反2.8倍に
取得率が改善する一方、問題も露呈している。厚労省の就労条件総合調査によれば従業員1000人以上の企業の取得率63.2%に対し、30~99人では53.5%にとどまる。企業規模による取得格差は深刻だ。
さらに21年には、全国の労働基準監督署が定期調査で約12万2千カ所の事業所を調べた結果、有給関係の違反を指摘されたのが約9800カ所と、前年の約2.8倍になった。
どの業種もまんべんなく違反が増えている。厚労省担当者は有給について、5日間の時期を指定して取得させる義務を果たしていない例が多いようだと話す。
司法処分に発展する悪質な例も出ている。21年7月には愛知県あま市の給食会社が、従業員6人に年5日以上の有給を取らせなかったことで書類送検された。今年5月にも複数店舗を展開する茨城県内の飲食店が、時期指定をせず従業員に有給を取らせなかったことで書類送検された。
米旅行会社のエクスペディアが23年2~3月に16の国と地域の約1万4000人を対象とした調査で、上司・会社が休暇取得に協力的か聞いたところ、日本から回答した人のうち「はい」と答えたのは58%で、香港の83%や米国の79%、ニュージーランドの76%に劣る。まだ職場風土の改革は進んでいない。国の目標である取得率70%に近づくためにも、労使双方の努力と考え方の変革が必要となる。
日本経済新聞 朝刊 2023/8/7