「保育園で虐待?」不安になる言動を見た時の対処~しつけとは異なる「不適切保育」とは何か?
「不適切保育」という言葉があります。文字どおり不適切な保育のことですが、主に子どもを身体的あるいは心理的に脅かしたり傷つけたりする保育のことを指しています。「虐待保育」とも言われます。筆者がアドバイザーをつとめる「保育園を考える親の会」に寄せられる相談にも「不適切保育」が心配される例があります。
■「しつけ」なのか「虐待」なのか 例えば、3歳児がトイレに行く時間を決められていて、その時間以外に行きたいと言ったり、そのとき出なくて後でお漏らししてしまったりすると激しく叱られたり罰を与えられたりする、という事例があります。
保育者の側からは、バラバラに行かれると安全を把握できないのでルールを決めていて、守らせるために叱っているのだろうと思います。保護者はそのように説明されれば、「しかたがない」「しつけだから」と考えてしまいがちです。 しかし、このような保育には問題があります。激しく叱られたり罰を与えられたりすることで、子どもの心が深く傷つけられてしまうことがあるからです。トイレに閉じ込められたことがPTSD(心的外傷後ストレス障害)になり、その後しばらく一人でトイレに入れなくなったお子さんもいました。
そこまでのことはなくても、子どもがトイレを強制されて苦痛を感じていたり、お漏らしを人前で叱られて自尊心を傷つけられていたりしていたら、保護者としてはいたたまれない事態だと思います。 排泄の自立には個人差があり、それぞれのペースが尊重されなくてはなりません。オムツがはずれた子どもでも、遊びに夢中になるとトイレに行くのを忘れてしまったり、先のことを予測してトイレをすませるのは難しかったりする場合は多いものです。
保育内容の基準を示した「保育所保育指針」には、それぞれの子どもの発達や個性に応じて排泄も含む生活習慣を無理なく身につけていけるよう、保育者が適切にかかわることを求めています。 集団生活であっても、やり方次第で一人ひとりの気持ちを尊重する保育はできるはずです。「不適切保育」は、保育者の資質もしくは園の体制が不十分である場合に表れやすいといえます。 ■乳幼児だからこそ気をつけてあげたい 乳幼児期は「人格形成期」と言われますが、子どもは親や保育者などの身近な存在に認めてもらったり共感しあったりすることで、自分をかけがえのない存在、大切な存在と感じることができるようになります。保育では、そんな発達上の特性も配慮しながら、子どもの人格を尊重する保育を行うことが求められます。
乳幼児はつらかったり嫌だったりしても、それを大人にうまく伝えることができません。それに、園での保育者は子どもにとって大きな存在なので、保育者の反応は子どもの心に大きな影響を与えます。 保育者は専門職なので、そんなことは理解しているはずなのですが、現場の余裕のなさや自身の勉強不足から、無自覚のまま、子どもに対して不適切な対応をしてしまう場合があります。 そんなときは、施設長や保育者のチームが自分たちで気づいて保育を正してもらわなくてはなりませんが、保護者も疑問に思ったことがあれば、保育者や施設長に伝えて、保育の考え方を確認することも必要です。
■「不適切保育」の定義 では、どんなことが「不適切保育」に当たるのでしょう。 全国保育士会がまとめた「保育所・認定こども園における人権擁護のためのチェックリスト」は、不適切と考えられる保育者のかかわりを次の5つのカテゴリーに分けて掲げています。 ①子ども一人ひとりの人格を尊重しないかかわり ②物事を強要するようなかかわり・脅迫的な言葉がけ ③罰を与える・乱暴なかかわり ④一人ひとりの子どもの育ちや家庭環境を考慮しないかかわり
⑤差別的なかかわり このチェックリストには、これにそって具体的な場面を挙げているので参考になります。 保育には流れがあり、子どもと保育者の関係もいろいろですので、一律には判断できない部分もあります。保育者が危険な場面で子どもを大きな声で制止したり、子どもの気持ちを考えつつ諭したりすることが悪いわけではありません。保育が不適切なのかどうか、議論が分かれる場合もあるでしょう。 ひとつ指標にできるのは、「大人がされて嫌なことは子どももされたくない」ということです。子どもも体は小さくても大人と同じ人格をもった存在です。「子どもの人格を尊重する」とは、それぞれその子どもなりの発達のプロセスがあり思いがあることを理解して、目線の高さを同じにして接するということです。
■実際にはこんなことが… 不適切であると明確に言える保育をあえて例示すると、次のようなものがあります。これらは、実際に保育現場で不適切と指摘され問題にされたことがある保育者の行為です。 ・たたく、強く引っ張る、長い時間立たせる(座らせる)などの体罰。 ・罰として、部屋の外に出す、閉じ込めるなど。 ・罰として、食事やおやつなどを与えない、取り上げるなど。 ・「バカ」などの暴言で叱る、感情的に怒鳴る、恫喝するなど。
・子どもを集めて「○○ちゃんはお片付けしなかったんだって」などと「吊し上げ」の形で罰する。 ・子どもの身体的特徴をからかう。 後半は大人に対するハラスメントとも共通しています。さらに、例えば保育者がふざけて子どもを面白い格好や髪型にして、「かわいい」などと保育者同士で笑い合っているのも、子ども自身が楽しんでいなければ、ただの「からかい」でしかないと思います。 もしも、わが子の通っている園で「不適切保育」ではないかと疑われることがあれば、保護者は勇気を出して確かめてみてください。
保育者の心配な対応を見かけたり、子どもが家で気になることを言っているというときは、連絡ノートや送迎時の対話で不安を伝えてみるのもよいでしょう。よく学んでいる保育者であれば、気づいて修正してくれるはずです。 何か別の意図がある場面をこちらが誤解していることもありますので、最初は「こういうときはこうされているのですか?」など、保育の方法や方針をたずねるソフトなアプローチがよいかもしれません。 本人には直接言えないような決定的場面を見てしまったときは、主任や施設長に相談してみることをお勧めします。事実を確かめて、必要な指導をしてくれるはずです。
問題があるのかどうか自信がない場合は、ほかの子どもにも同じようなことがないか、ほかの保護者とコミュニケーションをとってみてください。父母会(保護者会)などの保護者組織がある場合は、父母会を通して確認したり要請を行うことも有効です。 「不適切保育」が大問題になったある園では、園の側が事実を認めないため、保護者がレコーダーで録音し、市役所に提出したということもありました(録音などは無断で公開したりすると違法になることもあるので注意)。
■行政に訴えることも 「不適切保育」の事実があるのであれば、都道府県や市区町村などの自治体はこれを指導する責任があります。市区町村は保育の実施主体ですし、都道府県は園を認可したり指導監査を行う立場にあります。 市区町村は各園と日常的な業務連絡がありますので、相談しやすいでしょう。たまに「外形的基準を満たしているので、指導できない」「民間には口出しできない」などと言われる場合もありますが、そのときは「『保育所保育指針』や『児童福祉施設の設備及び運営に関する基準』に違反しているのではないか」と言ってみてください。
「保育所保育指針」は保育内容についての基準を示したものです。幼保連携型認定こども園の場合は、「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」がこれにあたります。 また、「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」の第9条の2には、「児童福祉施設の職員は、入所中の児童に対し、(中略)当該児童の心身に有害な影響を与える行為をしてはならない」と、不適切保育や虐待を禁止する規定があります。 市区町村の窓口で納得のいく対応が得られなかった場合は、都道府県の指導監査部門に相談してみてください。市区町村に指導を促してくれる場合があります。
保育内容についての相談は、つかみどころがないと思われてしまいがちです。①自分の推測と事実は分けて話す、②それが子どもにどのような不利益となっているかを話す、③証拠になるものがあれば提示する、などの訴え方を考えてみてください。 「不適切保育」が発覚した場合に園や自治体がとるべき対応について、「不適切な保育の未然防止及び発生時の対応についての手引き」(厚生労働省 令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 実施主体 株式会社キャンサースキャン)に示されています。
「不適切保育」が発生した園は、原因をさぐり再発防止策を立てるとともに、職員全体の人権意識の向上や、保育を振り返り質を高める取り組みを計画的に進める必要があります。そのような事後の対応策も、自治体が指導することが求められます。保育は、国や自治体の責任で、子どものために提供するものだからです。 ■子どもの心のケアも 子どもの心への「不適切保育」(特に恐怖体験など)の影響が心配される場合は、児童精神科や臨床心理士のいる支援機関などの専門機関で受診することをお勧めします。
心の傷が大きなものだった場合、思春期になってから影響が表れる場合もあります。ていねいに診てくれる機関であれば、子どもの怯えなどについて、保護者や保育者などの周囲がどう対応すべきかなどの助言もしてくれるはずです。 「不適切保育」は、子どもの心を傷つけるだけではなく、他者に対して暴力やハラスメントを用いて問題解決をするという誤った行動見本を子どもに学習させ、人権侵害の輪を広げてしまうことにもなりかねません。子どもの人権侵害は、大人たちが協力しあって防止していくことが必要です。(4月23日 東洋経済 オンライン記事より)