【参院選の視点】保育士の待遇 国の基準見直しに期待
午前七時。埼玉県富士見市にある認可保育園に早番出勤した女性保育士(34)は、まず園内の消毒にとりかかる。壁やテーブル、ドアノブ、水道の蛇口など子どもが触るところは、くまなく消毒液で拭く。
二年前に新型コロナウイルスの流行が始まって以来、あらゆる場面で消毒は欠かせなくなった。せわしなく時間が過ぎる中、昼寝中に見守り担当以外の保育士らで打ち合わせをしながらおもちゃを消毒するなど、効率的に進めなければ行き届かない。
コロナ禍で保育士らは身体的な負担に加え、精神的にも大きな重圧にさらされた。園内でクラスター(感染者集団)が発生したら−。子どもたちの健康はもちろん、休園ともなれば保護者の仕事や生活にも大きな影響が及ぶ。子どもの預け先がない医療従事者が出勤できないといった事態が各地で起きた。社会が機能する上で不可欠な仕事だと再認識された。
同時に、待遇の低さもあらためてクローズアップされた。女性は正規の保育士として働いて十三年目。今年五月の給与明細には、政府が打ち出した処遇改善の「9000円」の項目もあったが、手取りでは二十万円を少し超える程度だった。
数字を目にして女性は「悲しいし切ない」と嘆く。保育士が担う責任の重さに賃金が見合っていないと感じている。「国は少子化対策やこども家庭庁の設置とか、子どものことを言うのなら(保育士待遇に)もっと抜本的な対策をとってほしい」と訴える。
国の公的価格評価検討委員会の資料によると、二〇二〇年のボーナスなどを含む平均月収は全産業平均の三十五万二千円に対し、保育士は三十万三千円。保育士の待遇が低い理由について、元帝京大教授(保育学)で、加須市で保育園を運営する村山祐一さん(80)は「国の基準が現場の実態に合っていない」と指摘する。
保育園は国の公定価格に基づき、自治体から受け取る費用で運営される。「一、二歳児六人に対して保育士一人」など、子どもの年齢や人数に応じて保育士の数が「配置基準」で定められており、実際に働く保育士より少ない人数分の人件費しか支給されないケースが出てくる。人手をかけて手厚い保育をするほど、一人一人の保育士が受け取る給料が低く抑えられる。
村山さんによると、全国保育協議会の一六年調査では、園児数九十六人の平均的な園で、実際に働いている保育士の人数は約十九人。しかし、国の配置基準に基づくと人件費は十一人分しか支払われず、現場の運営と国の基準の間には倍近いずれがある。
政府補助金による賃上げについて、村山さんは「ないよりはいいが」としつつ、保育士を十分に配置できるよう基準を見直さなければ根本的な解決にはならないと指摘。しかし、参院選では積極的な議論がされていないように感じる。
「一番心配しているのは、九千円で問題が解決したと思われること。保育士の処遇が悪ければ、そのつけは最終的に子どもにいってしまう。子どもの視点からも、職員の待遇を考えてほしい」(寺本康弘)
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コロナ禍はくすぶり続け、国際情勢は混沌(こんとん)とし、物価高が市民生活に影を落とす。先行きが不透明な中、この国の問題に直面する人たちの「声」を紹介する。
(7月2日東京新聞掲載記事から)
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